アンボワース城−新教徒虐殺

アンボワーズ城

1560年、フランス中で宗教戦争の嵐が吹き荒れ、多数の新教徒が弾圧され処刑された頃。
新教徒の一党が秘かに、この地域に集まり、旧教徒の首領ギーズ公(後にブロワ城で暗殺されることになるギーズ公の父)を殺害しようと企てた。 だが、仲間から密告者が出て、逆に1500人あまりが次々に捕らえられ、アンボワーズ城に連行された。

ギーズ公は自分に対する殺害計画を、国王に対する反逆であるかのように言いくるめ、病身の若い国王フランソワ2世に迫って全員の処刑を命令させた。ギーズ公は王妃メアリー・スチュアートの伯父でもあり、この時は絶大な権力を振るっていたので、新旧両教徒の和解を図っていた母后カトリーヌ・ド・メディシスでさえどうする事も出来なかった。

首謀者は四つ裂き、身分のある者は斬首。その他の大勢の

者は城館のテラスや城壁の狭間から吊り下げられた。手足を縛って城の庭に転がし、重い石を積んだ馬車で轢殺すという無残な殺し方も行われた。なにせ捕らえた者が大勢だから吊り下げる所も、轢殺す余地も無くなり、城壁の上から突き落としたり、手足を縛ってロワール川で溺死させたりした。城の内外は死骸であふれ、死人の括約筋が緩んで排泄された糞と血の臭いとが充満。その死臭で息も詰まるほどであった。

17歳の国王と18歳の王妃はギーズ公に強要され、母后や廷臣達と共にこの凄惨な大量処刑を初めから終わりまで見させられた。

画−新教徒虐殺

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