モンペリエと言う町の名は、「沢山の食品雑貨商」を意味すると言われている。8世紀始め、サラセン(アラブ)の攻撃を受けて、かっては地中海に繋がっていた潟の砂州にあった町をその北岸に移したことが町の歴史の始まりと言われている。
大きく発展したのは、12〜13世紀。その貿易活動は非常に活発になり、オリエントの高い評価を受け、マルセイユと肩を並べる程になった。特に、10世紀頃から始まった「スパイス−香辛料(胡椒、肉桂、丁字、生姜、唐辛子など)」の取引が、様々な国の商人を集め、その取引の一代中心地になった。(中世では、香辛料は貴重品で、中東・南アジアから輸入され、特に、胡椒は、高価で金と同価であった)
その盛んな商取引により、ユダヤ人やアラブ人はもとより、様々な国から、法律家、金貸し、化学者、医学者が来住した。それらの人々と町の繁栄が、1160年、法律学校。1180年 医学校を創設させた。これらはイタリアのボローニャに設立された大学(法律学校)と並ぶ欧州最古の大学で、現在、モンペリエが欧州有数の大学都市になった基でもある。
モンペリエに隣接する漁港のセット生まれで、モンペリエの大学で学んだ詩人・思想家・ポール・ヴァレリーとアンドレ・ジードの親交は、よく知られていることだが、ジードがモンペリエ