それは、帝国の隅々まで張りめぐらされたローマ街道によって、人々の交流(軍事・交易)が活発に行われていたことによる。
もしキリスト教が500年前か、500年後に始まって、ローマ文明のよう地盤を持たなかったら、間違いなく地方的な宗教に留まっただろうと歴史家は言う。
曲折はあるが、325年、コンスタンティヌス帝によってキリスト教は公認される。
330年、自らキリスト教徒になったコンスタンティヌス帝は、弱体化した国家権力の建て直しのため、首都をローマからコンスタンティノーブルに移す。
これによって東方キリスト教世界(皇帝が教皇を兼ねるビザンティン帝国)が形成されていくことになる。ギリシア化の進行や、イスラムによるオリエントの領土喪失、西欧諸国の