8〜10世紀にかけて、カペー朝の仏王の直轄領は、パリを中心としたイル・ド・フランス。北フランスの一部に過ぎなかった。それに比べ、アキテーヌ公領(ポワティエ伯爵とガスコーニュ公爵を兼務)は、北はロワールから南はピレネーまで、東はオーヴルニュの中央高原から西は大西洋までの広大な領地で、フランス王領の3倍もあった。
アキテーヌ公領の経済的基盤はその北部にあって、その西部海岸地帯は、レ島とオレロン島も含めヨーロッパの「塩」の主産地であった。新しい港(ラ・ロシェル)を建設し、莫大な利益を上げた。その交易を求め、北欧の国々から船舶が沢山来た。シヤラント川に臨むこの地域は温暖で、あまり霜も降りなかったから、ブドウ栽培も行われ、ボルドーより早く、塩と共に「ワイン交易」も盛んに行われた。
歴代アキテーヌ諸公の中で傑出した人物とされるギヨーム9世は、十字軍に参戦し東方の進んだ文化の影響を強く受け、帰国後、東西の文化人や楽人を宮廷に招いた。
東西文化の粋を集めたその宮廷は12世紀ヨーロッパ文化の中心的存在になっていった。ギヨーム自身も詩作に精を出し、宮廷趣味の理想を謳った史上最初のトルバドウール(吟遊詩人)と評されている。