アルザス語
蔵持不二也氏の著書「ワインの民族誌」は、アルザスのワインと歴史・文化について興味を持たれる方に、是非お薦めの一冊である。ご紹介を兼ねて、アルザス語について書かれた一節を引用させて頂きます。
「民族・言語の坩堝」

(私、A氏に生命保険を奨めたいのですが。これならどんな事故でも保障します。ええ、重病の方でももちろん。少し割増しの保険料さえ払っていただけるのでしたら、契約を結びます)
アルザスに足を踏み入れると、たとえばこんな会話が聞こえてくる。初めてこの地を訪れた者にとつては、一瞬ドイツ語圏に迷い込んだような気がするが、よく聴くとそうでもない。なかにはフランス語(イタリック部)も混じっている。そこでようやく合点がいく。これがアルザス語というものなのだと。
ゴール人、アラマンやフランクなどのゲルマン人、ローマ人、ユダヤ人、さらにフランス人……と、古来よりこの地に定住した民族は数多い。

そんな彼らの持ち込んだ言語が、先住言語と競合しつつ、根付き、今日のアルザス語を形作っていったのである。
したがって、ひと口にアルザス語と言ってもつまり、そこにはさまざまな言語的系統が含まれる。モーゼル県へと瘤状(ボシュ)につき出た最北西部のいわゆる「アルザス・ボシユ」地方では中部ドイツ語が、中央部では上部ドイツ語、最南部のスンゴー地方では高地アレマン語がそれぞれにアルザス語の母胎となっており、これにロマンス諸語のフランス語とドイツ系ユダヤ人たちの言語イディッシュが複雑に終み合っているのだ。
アルザスとはヨーロッパの中心部にありながら、いや、むしろその地理的条件ゆえに、民族の坩堝であり、アルザス語は言語の坩堝となっているのである。