ボーヌの町は、ワイン業者の家屋と地下蔵がひしめき合うワイン取引の巣でり、ブルゴーニュ・ワインの首都。
19世紀以前は、「ボーヌ」といえばブルゴーニュの赤を総て指していたと言われるほどの歴史あるワイン取引の町。同時に、古代フランスの雰囲気を色濃く漂わせている「ローマ風」の町。
この町の「オスピス・ド・ボーヌ」は、古代フランスの史的記念物。このほか中世の家屋、門、鐘楼などが残っていて、ワインや、樽などが渾然と一体になって、町に漂う趣は格別なものがある。
コート・ド・ボーヌ
は、このボーヌを中心に南北約25Kmの起伏のなだらかな丘の連なりにある葡萄畑である。著名な最上級の辛口白ワインの
シャルマーニュ、モンラシェ、ムルソー
を産出するが、赤は、
コルトン、ポマール、ヴォルネー
等数銘柄を除き、コート・ド・ニュイに較べるとやや劣る。とは言え、同じピノ・ロワール種を使いながら、土質構成の違いから、熟成の早い柔らかな味わい深いワインを生み出す。この地区のワインからワイン愛好家の仲間入りした人は少なくない。

オスピス・ド・ボーヌ
オスピス・ド・ボーヌのワイン競売は、ブルゴーニュのあらゆるお祭りの中で、最も古く伝統的な催しである。
競売が行われるのは、11月の第3日曜日。
場所は、1859年に始まった時は「オスピス・ド・ボーヌ(慈善施療病院)」の中庭だったが、現在はオスピスの前の公会堂で行われる。
寄進者からオスピス・ド・ボーヌに贈られた畑のブドウが、様々なドメーヌの手によってワインに造られ、その新酒がこの日にオークションに掛けられる。その収益は、病人や老人や貧しい人々の世話、病院の機器の近代化、老人ホームの設立、古い施療病院の修復に当てられる。
この施療病院の持つ62ha程のブドウ畑は、コート・ド・ボーヌの主な村々に散在している。
近年、コート・ド・ニュイからグラン・クリュが2つ追加された。1977年のマジ・シヤンベルタンと1991年のクロ・ド・ラ・ロツシェである。さらに最近プイイ・フュイッセの4ヘクタールが付け加わった。
オスピス・ワインはAOCワインとまったく同じ規制に従って造られるが、ラベルには、
「Hospices de Beaune]の名と村又畑名(多くの畑は寄進者名)とが組み合わされて表示されている。

この催しのしめくくりが、施療病院の構内の古い稜饉の中で行われる、 ローソクの光のもとでの大宴会である「ローソク宴会」と 「利き酒騎士団の大宴会」(土曜日の夕方) と、「ムルソーの昼食会」(月曜日の正午)で、合わせて、「ブルゴーニュの栄光の3日間」と呼ばれている。(参照:歴史「オスピス・ド・ボーヌ」)








